ブログ:和顔愛語

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追善は故人を甦らせるとは?

 

追善は故人を甦らせるとはどういうことでしょうか

ある詩人が、家族の誰かを亡くしたときの遺族の心理について書かれています。

「皆さんのたいへん愛しておいでの方、Aさんが亡くなります。みなさんは悲みの底に沈む、泣く、胸をかきむしる。どうして死んでしまったのだ、どこに行ってしまったのだ、この私を一人ぼっちにして、と叫ぶ。これが人としての自然、人情です。本当にみなさんの大変愛しておいでの方、Aさんはどうなってしまわれたのでしょうか。

その現身(うつしみ)、今まで目に見えてで触れることの出来た肉体は、焼かれて埋められて墓の下です。それはもう生きて帰ってこない。

しかし生き返ってくるものがあります。それは皆さんが大変愛していたAさんが、それまであなたの前でなさった行動、口からお出しになった言葉です。ともに生活してし合っていた時間と空間に中で心の営み、思い出、それが何度となく蘇ってくるのです。そういう心の営み、思い出を皆さんは改めて自分のものとし直します。そのために皆さんは相手のAさんに『あの時は良かったね』と新しく共感を求めたり、『なぜあんなことをしたの』といまになって質問したりします。つまりAさんの思い出を膨らませます。場合によっては、その思い出を変えたり、そこから思い出を全く新しいものに作り直したりします。それが人間の心というものです。・・・・あなたにAさんは、亡くなった後も必ずあなたの心の中で生きています。それが人間同士のあり方です」

(宗左近 『私の死生観』)

もう二度と会えない人を、思い出の中で蘇らせる、それが追善のおこないです。

皆さんがお仏壇に手を合わせ、先行やお花をあげる、そのおこないは現身(うつしみ)のない人を心に蘇らせていることなのです。

また、お仏壇は、いろいろな願い事、祈りごとをするのに最も近しい所です。

写真家でエッセイストの武田花さんは、仏壇にいろいろなものを供えているわけを、こう書かれています。

「例えば、今飼っている猫が病気ではないかと心配になった時、膝の上に乗せた猫の前肢を合掌させ、『どうぞお助けください。南無阿弥陀仏』と拝む。先代の猫と犬にもお願いするから、ペットフードだの鯵の開きだのを供えたことがある。そのお陰か、まだ本当に病気になったことはない。たとえば、健康診断で私の体に悪いところが見つかり、精密検査を受けた時、検査結果が出る前日は花と両親の好物のビールを供え、私も相伴しながら、『どうぞ死にませんように』。それでちょっと気持ちが落ち着いた。結果はなんでもなかった。・・・・私は臆病者なのだ。気弱になると、仏壇の前に座り込む(情けない)。すると、仏壇周りがなんだか寂しい気がして、ついついロバのぬいぐるみなどをお厨子(おずし)の上に載せてみる。

(『仏壇におはぎ』)

このようにお仏壇は、現世利益(げんぜりやく)にも効験があるのですね。

それは、彼女の個人的な体験として子どもの時から、お寺の、「方丈さんのお手伝いをして本堂に置かれた御本尊の仏像に果物や野菜やお饅頭や砂糖菓子などのお供え物をあげていた」という習慣があったからですが、この供えるという行いこそ、死んだ人は「御本尊と一緒にどこかにいる」という気持ちを育てるもの。と思います。

南無大師遍照金剛
沙門 悠心

 
 
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